東京港区田町に小出電機製作所を設立
兄弟二人で始めた“ものづくり商売”
東洋電装株式会社へ改組
世界へ飛び立つ第一歩へ
王子工場、赤羽工場を統合し、埼玉県鶴ヶ島町(当時)に総合移転
当時の工場周辺は見渡す限り田畑でした
鶴ヶ島工場工場内に研究所及び試作工場完成
オートバイ用イグニッションコイル製品化
ワイパースイッチやライトスイッチなどの自動車用スイッチを製品化
鶴ヶ島工場内にダイキャスト工場完成
オートバイ向けのハンドルレバーを製造開始
経済、金融、ビジネスの中心である新橋に自社ビルを建設
本社機能を移転
熊本県の中学校跡地を再利用し、九州東洋(現熊本工場)を系列子会社として設立
Honda熊本製作所と取引開始
イグニッションコイルや自動車、オートバイ用スイッチを製造
東洋電工株式会社(埼玉県)を系列子会社として設立
三重県亀山市に亀山工場を設立
Honda鈴鹿製作所との取引拠点として操業開始
発電機やジェットパージ、ディストリビューターなどを製造
合弁会社である東洋建蒼電機股份有限公司を台湾に設立
アメリカオハイオ州に北米の活動拠点としてWeastec,Inc.を系列子会社として設立
イグニッションコイルやディストリビューター等を製造
自動車の普及に一役かうために、東洋ホンダ販売株式会社を系列子会社として埼玉県に設立
現在はHonda Cars埼玉県央鶴ヶ島店
中国上海市に生産拠点として上海東洋電装有限公司を系列子会社として設立
タイのバンコクに、アジア拠点をつなげるハブ工場としてThai Toyodenso Co.,Ltd.を系列子会社として設立
インドネシア西ジャワ州に自動車・オートバイ製品の生産・販売の拡大を目的に系列子会社として設立
イギリス スウィンドンに物流拠点として設立
間接部門を集約し、グローバル化に対応するため鶴ヶ島工場を総改築してテクニカルセンターとして設置
東洋電装を支える技術拠点として生まれ変わる
ベトナムハイズン市に新たなアジアの生産拠点として設立
第一工場を発電機の生産工場とし、第二工場を成型工場として建設、稼働
上海におけるソフトウェア研究強化のため上海弘遥電子研究開発有限公司を系列子会社として設立
第二工場を成型工場として建設、稼働開始
新たな顧客の獲得に向け、愛知県豊田市に営業所を新設(現中部事業部)
第三工場を成型工場として建設、稼働開始
オハイオ州グリーンフィールドの倉庫として使用していた施設を組立工場として稼働開始。